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星の王子さま(第24章〜第25章)
ANTOINE DE SAINT-EXUPÉRY
Le Petit Prince
星の王子さま
サン=テグジュペリ作
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<第24章>

砂漠で飛行機が故障してから8日目のこと、僕は商人の話を聞いているときに貯えていた水の最後の1滴を飲み干してしまいました。

「あぁ!君の思い出はとても面白いよ。でも、僕は飛行機をまだ修理していないし、それに飲み水もなくなってしまった。噴水のほうへゆっくりと歩いて行くことができたら、僕はとてもうれしいんだけどな!」
僕は小さな王子さまに言いました。

「僕の友だちのキツネがね...」
彼は僕に言いました。

「あのねぇ、キツネのことを話しているんじゃないんだよ!」
「どうして?」
「だって、のどが渇いて死にそうなんだ...」

彼は僕の言っていることが理解できませんでした。そして僕に答えました。

「たとえ死んでしまうにしても、友だちがいたというのはよいことだよ。僕はキツネの友だちができて、とても満足しているよ...」

「彼は危険を認識しようと思わないんだ。彼は決してお腹もすかなければ、のども渇かないんだ。太陽が少し出ていれば彼は満足なんだ...」
僕はそう思いました。

しかし、彼は僕を見て、僕が考えていたことに対して答えました。

「僕だってのどが渇いているよ...井戸を探そうよ...」

僕は疲れたという身振りをしました。広大な砂漠のなかで、あてもなく井戸を探すなんてばかげています。しかしながら、僕たちは歩き始めました。

僕たちが黙ったまま何時間も歩いたとき、夜が訪れて星々が輝き始めました。のどの渇きが原因で少し熱が出ていたので、僕はそれらの星々をあたかも夢のなかで眺めているかのようでした。小さな王子さまの言葉が僕の記憶のなかで揺れ動いていました。

「君ものどが渇いているんだよね?」
僕は彼に尋ねました。

しかし、彼は僕の質問には答えませんでした。彼は僕に簡潔に言いました。

「水は心にもいいんだよ...」

僕は彼の言ったことが理解できませんでしたが、黙っていました...彼が答えてくれないことをちゃんと知っていたのです。

彼は疲れていました。そして座り込んでしまいました。僕は彼のそばに座りました。そして、少しの沈黙があった後、彼は再び言いました。

「星がきれいだね。花があるからだよ。見えないけど...」

「そうだね」
僕は答えました。そして、僕はなにも話さずに月明かりに照らされた砂漠の起伏を眺めていました。

「砂漠もきれいだよ」
彼は続けて言いました。

それは本当でした。僕はいつでも砂漠が好きでした。砂漠の丘に座ると、なにも見えないし、なにも聞こえてきません。それなのに、静けさのなかでなにかが光り輝くのです...

「砂漠が美しいのはね」
小さな王子さまは言いました。
「砂漠がどこかに井戸を隠しているからなんだよ...」

砂が光り輝いているという神秘について、僕は突然そのことを知って驚きました。僕が小さな少年だった頃、僕は古い家に住んでいて、そこには宝物が埋まっているという言い伝えがありました。もちろん、だれもその宝物を発見したこともなければ、おそらくはだれも探したことすらありませんでした。しかし、その言い伝えが家全体に魔法をかけていました。僕の家はその中心の奥底に秘密を隠していたのでした...

「そうだ。家でも星でも砂漠でも、それらを美しくしているものは目に見えないんだ!」
僕は小さな王子さまに言いました。

「君がキツネと同じ意見になってくれて、僕はうれしいよ」
彼は言いました。

小さな王子さまは眠ってしまったので、僕は彼を両腕に抱えて歩き続けました。僕は心を揺さぶられました。壊れやすい宝物を抱えているかのように僕には思えました。また、地球上でこれ以上壊れやすいものはなにもないというようにも思えました。月の光のなかで、僕は、彼の青白い額、閉ざされた瞳、風に揺らめく髪を眺めていました。そして思いました。

「ここで僕が見ているのは外見にすぎない。一番大切なものは目に見えないんだ...」

少し開いた彼の唇が微笑みかけているように見えたので、僕はさらに思いました。

「こうして小さな王子さまが眠っているところが僕の心を揺さぶるのは、彼が花に対して誠実だからだ。眠っていても、ランプの炎のように彼を光り輝かせているのはバラの記憶なんだ...」

そして、僕には彼がよりいっそう壊れやすいもののように感じられました。ランプを守らなくてはなりません。風がひと吹きしただけで消えてしまいそうなそのランプを...

そうして歩き続けて、朝日が登り始めた頃、僕は井戸を発見しました。


<第25章>

「人間たちは特急列車に乗り込んでいるけど、自分たちがなにを探し求めているのか知らないんだ。だから、彼らはぐるぐると動き回っているんだよ...」
小さな王子さまは言いました。

そして彼は続けて言いました。
「そんなことする必要なんてないのに...」

僕たちがたどり着いた井戸は、サハラ砂漠のどの井戸にも似ていませんでした。サハラ砂漠の井戸というものは、砂漠のなかにただ空洞の穴があるだけなのです。僕たちが見つけたのは、村にある井戸に似ていました。しかし、周辺に村はまったくなかったので、僕は夢を見ているのだと思っていました。

「これは変だよ。すべてが揃っているもの。滑車に桶、それから綱も...」

彼は笑って、綱にさわりながら滑車を動かしてみました。

すると、しばらく風を受けていない古びた風見鶏がきしむように、滑車はきしんで音をあげました。

「聞こえた?僕たちがこの井戸を目覚めさせて、井戸は歌を口ずさんだよ...」
小さな王子さまは言いました。

僕は彼に無理をさせたくありませんでした。
「僕にまかせてよ。君にはかなり重たいでしょ」
僕は彼に言いました。

僕は井戸の縁石まで桶をゆっくりと引き上げ、そこに安定した状態で置きました。僕の耳には滑車の歌声が鳴り響いていました。そして、まだ揺らめいていた水のなかに、僕は太陽が揺れ動いているのを見ました。

「僕はこの水が飲みたいな。飲ませてくれないかな...」
小さな王子さまは言いました。

僕は彼が探していたものを理解することができたのです!

僕は桶を彼の唇へと持って行きました。彼は目を閉じたまま水を飲みました。それはお祭りのような心地よさでした。その水は他のどんな食物ともまったく違っていました。星の下で歩いていたとき、滑車が歌声を鳴り響かせたとき、僕の腕のなかに抱いていたとき、それは生まれたのでした。それは贈り物のように、心にとってよいものでした。僕が小さな少年だった頃、クリスマスツリーの照明、真夜中のミサの音楽、周りの人々の微笑みがあって、僕が受け取ったクリスマスの贈り物すべてが光り輝いていました。

「君の家の人たちは、ひとつの庭で5000本ものバラを育てていたんだね...でも、そこでは探しているものを見つけることができなかった...」
小さな王子さまは言いました。

「見つけることはできないんだよ」
僕は答えました。

「にもかかわらず、探していたものは1本のバラや少しの水のなかに見つけることができた...」

「そのとおりだね」
僕は答えました。

そして、小さな王子さまは続けて言いました。
「でも、目ではなにも見えない。心で探さなくちゃならない」

僕は水を飲み、大きく息をつきました。朝日が昇る頃には、砂は蜂蜜のような色をしています。僕はこの蜂蜜色にもまた幸せを感じました。思い悩む必要などなかったのです...

「約束は守らなくちゃいけないよ」
小さな王子さまは穏やかに僕に言いました。彼はまた僕のそばに座っていました。

「なんの約束?」
「分かってるでしょ...僕の羊のための口輪だよ...僕はあの花に対して責任を負っているんだ!」

僕はデッサンの下絵をポケットから取り出しました。小さな王子さまはそれを見ると、笑いながら言いました。

「君の描いたバオバブは少しだけキャベツに似ているね...」
「あぁ!」
僕はバオバブの絵にとても自信を持っていたのでした。

「君の描いたキツネだけど...そのキツネの耳は...少しだけ角に似ているね...それから長すぎるよ!」

そして彼は再び笑いました。

「君はひどいよ。僕はボアの内側と外側の他には描き方を知らないんだから」

「うん!それで大丈夫だよ。子供たちには分かるから」
彼は言いました。

そんなわけで、僕は口輪を描きました。そして、それを彼に手渡すとき、僕の心は締めつけられました。

「僕が知らないことを君はしようとしている...」

しかし、彼は僕の質問には答えませんでした。彼は言いました。

「ねぇ、僕は地球の上に落ちてきたんだけど...明日が記念日なんだ...」

それから沈黙があった後、彼はまた言いました。
「僕はちょうどこの近くに落ちたんだ...」

そして彼は顔を赤らめました。

それを聞いて、なぜかは分かりませんでしたが、僕は不思議な悲しみを感じました。そして疑問がわいてきました。
「すると、僕が君と知り合った8日前の朝、人の住んでいる地域から千マイルも離れたところで、君がこんな風にしてひとりぼっちで歩いていたのは偶然じゃなかったんだね!君は落ちてきた地点へと戻ろうとしていたの?」

小さな王子さまは再び顔を赤らめました。
僕はためらいながらも続けて言いました。

「たぶんだけど、記念日と関係あるのかな?...」

小さな王子さまはまたしても顔を赤らめました。彼は決して質問には答えませんでしたが、人が顔を赤らめるときには「はい」を意味しているのではないでしょうか?

「あぁ!僕は心配だな...」
僕は彼に言いました。

しかし、彼はなにも答えませんでした。

「ところで、君にはしなくちゃいけないことがあるよね。機械を修理しなくちゃいけない。僕はここで待っているよ。明日の晩には戻ってきて...」

しかし、僕は安心できませんでした。僕はキツネのことを思い出しました。親密になってしまうと、少しばかり涙が出てしまうものなのかもしれません...
# by nakabiblio | 2007-06-02 18:43 | サン=テグジュペリ
星の王子さま(第18章〜第23章)
ANTOINE DE SAINT-EXUPÉRY
Le Petit Prince
星の王子さま
サン=テグジュペリ作
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<第18章>

小さな王子さまは砂漠を歩き回りましたが、わずか一輪の花に出会っただけでした。花びらを三枚ほど持っているだけの、まったくなんということのない花でした...

「こんにちは」
小さな王子さまは言いました。

「こんにちは」
その花は言いました。

「人間はどこにいますか?」
小さな王子さまは丁寧に尋ねました。

あるとき、その花はキャラバン隊が通過するのを目撃していました。

「人間?6人か7人くらいはいたと思うわよ。何年か前に見かけたもの。でも、どこで彼らに出会えるかは分からないわ。彼らは風に吹かれて移動するんだから。根っこがないって本当に困るわよね」

「さようなら」
小さな王子さまは言いました。

「さようなら」
その花は言いました。


<第19章>

小さな王子さまは高い山に登りました。彼が知っていた山といえば、自分のひざまで届くくらいの3つの火山だけでした。そして、死火山は腰掛けとして利用していました。それゆえに彼は思いました。

「こんなに高い山の上からだと、惑星全体やすべての人間たちを一望できるだろうな...」

しかし、鋭くとがった岩峰の他にはなにも見えませんでした。

「こんにちは」
彼は念のために言ってみました。

「こんにちは...こんにちは...こんにちは...」
こだまが返ってきました。

「あなたはだれ?」
小さな王子さまは言いました。

「あなたはだれ...あなたはだれ...あなたはだれ...」
こだまが返ってきました。

「僕の友だちになって下さい。ひとりぼっちなんです」
彼は言いました。

「ひとりぼっちなんです...ひとりぼっちなんです...ひとりぼっちなんです...」
こだまが返ってきました。

「なんて奇妙な惑星なんだろう!からからに乾いていて、やたらととんがっていて、塩だらけだなんて。人間たちは想像力が足りないんじゃないかな。言われたことを繰り返すばかりなんて...僕の惑星には花が咲いていたというのに。いつも彼女が一番に話し始めていたな...」
小さな王子さまはそんなことを考えました。


<第20章>

それでも、小さな王子さまは長いあいだをかけて砂や岩や雪を歩いて通り抜け、とうとう一本の道を見つけました。道というものはすべて人間たちの住んでいるところへと続いているのです。

「こんにちは」
彼は言いました。

そこにはバラの花々が咲きほこっている庭がありました。

「こんにちは」
バラたちは言いました。

小さな王子さまはバラの花々を眺めました。それらは彼の花にとてもよく似ていたのです。

「あなたはだれですか?」
びっくりした彼はバラに向かって尋ねました。

「わたしたちはバラよ」
バラは言いました。

「あぁ!」
小さな王子さまは言いました...

そして、彼は自分がとても不幸な気持ちになっていることに気づきました。彼の花は、自分は宇宙に1本しか存在していない種類だと彼に話していたのでした。そして、たったひとつの庭にとてもよく似たバラが5千本もあったのでした!

「彼女がもしこれを見てしまったら、とても傷ついてしまうかもしれない...」
彼は思いました。
「物笑いの種になるのを避けるために彼女は大きな咳払いをして、そして死んだふりをするかもしれない。それから、僕は彼女を看護するふりをしなければならないだろう。というのは、もしそうしなければ、僕にも同じように気まずい思いをさせようとして、彼女は本当に死んでしまうかもしれない...」

それから、彼はさらに思いました。

「僕はたったひとつだけの花を持っていると思い込んでいたけれど、僕が持っていたのはごくありふれたバラにすぎなかった。そんなバラと膝まで届く火山が3つ、そのうちのひとつはずっと死火山のまま、これでは僕は立派な王子さまにはなれないだろう...」

そして、彼は草の上に横たわって泣きました。


<第21章>

そうしていると、キツネが現れました。

「こんにちは」
キツネは言いました。

「こんにちは」
小さな王子さまは丁寧に答えましたが、振り返ってもなにも見えませんでした。

「おいらはここだよ」
その声は言いました。
「リンゴの木の下だよ」

「君はだれなの?とてもきれいだけど...」
小さな王子さまは言いました。

「おいらはキツネさ」
キツネは言いました。

「こっちに来て僕と遊んでよ。僕はとても悲しいんだ...」
小さな王子さまはキツネに提案しました。

「おいらは君とは遊べないよ。親密になっていないからね」
キツネは言いました。

「あぁ!ごめんなさい」
小さな王子さまは言いました。

しかし、小さな王子さまは少し考えた後で言い加えました。

「『親密になる』ってどういう意味なの?」

「君はここの人間じゃないんだね。なにを探しているの?」
キツネは言いました。

「僕は人間たちを探しているんだ」
小さな王子さまは言いました。
「『親密になる』ってどういう意味なの?」

「人間たちは鉄砲を持っていて、狩りをするんだ。とても厄介なんだよ!彼らはニワトリも育てているんだ。彼らが関心を持っているのはそれだけさ。君はニワトリを探しているのかい?」
キツネは言いました。

「ちがうよ。僕は友だちを探しているんだ。『親密になる』ってどういう意味なの?」
小さな王子さまは言いました。

「もう忘れられてしまったことだよ。それは『絆を創り出す...』っていう意味なんだ」

「絆を創り出す?」

「そのとおりさ。おいらにとっては、君はまだ大勢いる少年のうちのひとりにすぎないんだ。だから、おいらは君を必要としてはいないんだよ。同じように、君もおいらを必要としてはいない。君にとって、おいらは数多くいるキツネのうちの一匹にすぎないからね。でも、もし君がおいらと親密になれば、おいらたちはお互いを必要とするようになるんだ。君はおいらにとって世界にひとつだけの存在になるだろうし、おいらも君にとって世界にひとつだけの存在になるだろうよ...」
キツネは言いました。

「分かりかけてきたよ。ある花があったんだけど...彼女は僕と親密になっていたんだと思うよ...」
小さな王子さまは言いました。

「そうかもしれないね。地球の上では、なんだって起こりうるからね...」
キツネは言いました。

「それは地球の上でのことじゃないんだ」
小さな王子さまは言いました。

キツネはとても不思議そうな顔をしました。

「どこか別の惑星ってこと?」
「そう」
「その惑星には狩りをする人はいるの?」
「いないよ」
「そう、それは興味深いな!じゃあ、ニワトリはいる?」
「いないよ」
「良いことばかりじゃないんだね」
キツネはため息をつきました。

しかし、キツネは自分の考えに再び話を戻しました。

「おいらの生活は単調なんだ。おいらはニワトリを追いかける、人間たちはおいらを追いかける。ニワトリはどれも同じだし、人間だってどれも同じだよ。だから、おいらは少しうんざりしているんだ。でも、もし君がおいらと親密になってくれたら、おいらの生活は明るくて楽しいものになるよ。おいらは他の誰とも違う足音を区別することができるようになるだろうね。おいらは他の誰かの足音が聞こえると地面の下に戻るんだ。君の足音が聞こえると、おいらは穴ぐらから外へと出てくる。音楽みたいだね。それから見てよ!あそこに小麦畑が見えるでしょ?おいらはパンは食べないんだ。小麦はおいらには役に立たないんだよ。おいらは小麦畑になんの思い出もないんだ。これは悲しいことだよ!でも、君は金色の髪の毛をしているね。君がおいらと親密になってくれたときには、小麦畑だって素晴らしく感じられるはずだよ。金色の小麦がおいらに君のことを思い出させるからね。そして、おいらは小麦のなかで聞く風音が好きになるだろうよ...」

キツネは黙り込んで、長いあいだ小さな王子さまを見ていました。

「もしよかったら...おいらと親密になっておくれよ!」
彼は言いました。

「そうしたいけど、僕にはあまり時間がないんだ。僕は友だちを見つけなくてはならないし、知らなくてはならないこともたくさんあるんだよ」
小さな王子さまは答えました。

「親密になったことしか知ることはできないよ。人間たちには知るための時間なんてもう全然ないんだ。彼らはできあがったものをお店で買うんだから。でも、友だちを売っているお店なんてないから、人間たちはもう友だちを持てないんだよ。もし友だちが欲しいのなら、おいらと親密になっておくれよ!」
キツネは言いました。

「なにをすればいいの?」
小さな王子さまは言いました。

「根気強くあり続けることが必要だね。まずは草のなかで、君はおいらから少し離れて座る。こんな風にね。おいらは君をチラリと眺める、そして君はなにも喋らない。言葉は誤解のもとだよ。でも、君は毎日少しずつ近くに座るようにする...」
キツネは答えました。

翌日、小さな王子さまは再びそこに戻りました。

「同じ時刻に戻って来ることのほうが大切なんだよ。例えば、もし君が午後の4時に来るなら、おいらは3時から幸せになっていられるんだよ。時間が経つにつれて、おいらはどんどん幸せになってくる。4時になったときには、おいらは動揺して心配になるんだ。おいらは幸せの価値を発見することができるだろうね。でも、もし君がいつ来るか分からないようだとしたら、何時に心の準備をすればよいか分からない...習慣にしなくてはいけないんだよ」
キツネは言いました。

「習慣ってなんなの?」
小さな王子さまは言いました。

「それもまた忘れられてしまったことだよ。習慣によって、ある1日が別の1日とは違ったものになるんだ。ある1時間も別の1時間とは違ったものになる。例えば、狩人にも習慣があるんだ。やつらは木曜日にはいつも村の娘たちと一緒に踊るんだよ。だから、木曜日はいつも素晴らしい日なのさ!おいらはブドウ畑まで散歩に行くんだよ。もし狩人がいつダンスをするか分からないとしたら、毎日がすべて同じようになってしまう。そして、おいらはちっともバカンスに行けなくなってしまうだろうよ」
キツネは言いました。

そのようなわけで、小さな王子さまはキツネと親密になりました。そして、出発が近づいたときのことでした。

「あぁ!おいらは泣いてしまいそうだよ」
キツネは言いました...

「君のせいだよ。僕は君を悲しませるつもりはなかったんだ。でも、君が親密になってくれって望むから...」
小さな王子さまは言いました。

「そうだね」
キツネは言いました。

「でも、君は泣き出しそうじゃないか!」
小さな王子さまは言いました。

「そのとおりさ」
キツネは言いました。

「それなら君にとって良いことは全然なかったね!」

「良いことはあったよ。小麦の色のおかげでね」
キツネは言いました。

それから、彼は付け加えました。

「バラたちにもう一度会いに行ってきなよ。君の花が世界にひとつだけの存在だって分かるよ。君がここに別れの挨拶をしに戻って来たとき、おいらは君に秘密の贈り物をするよ」

小さな王子さまはバラたちに再び会いに行きました。

「君たちは僕のバラとは全然似ていないよ。まだ君たちはただのバラだもの。だれも君たちと親密になっていないし、君たちだってだれとも親密になっていない。君たちは僕と知り合う以前のキツネみたいなものだよ。以前は大勢いるキツネの一匹にすぎなかったけど、僕と彼とは友だちになったんだ。だから、今では彼は世界にひとつだけの存在なんだよ」
小さな王子さまはバラたちに言いました。

バラたちはとても困惑していました。

「君たちは美しいけど、空っぽだよ。だれも君たちのために死なないんだ。もちろん僕のバラだって、普通に通り過ぎる人にしてみれば君たちと似ていると思うだろう。でも、君たちすべてよりも彼女ただひとりのほうがもっと大切なんだ。なぜなら、彼女だけが僕が水をあげたバラだからだよ。そして、僕がガラスの被いをかぶせてあげて、ついたてで守ってあげて、毛虫を殺してあげた(チョウチョになった2、3匹を除いて)バラだからだよ。文句や自慢、ときにはだんまりだって聞いてあげたバラだからだよ。なぜなら、僕のバラだからだよ」
小さな王子さまは、さらにバラたちに言いました。

そして、彼はキツネのところへと戻りました。

「さようなら...」
彼は言いました。

「さようなら」
キツネは言いました。
「これがおいらの秘密だよ。とても単純なんだ。心でなくちゃ見えないものがあるんだよ。大事なものは目では見えないんだ」

「大事なものは目では見えない」
小さな王子さまは、忘れてしまわないように繰り返しました。

「君がバラのために費やした時間だけ、君のバラは大切になるんだよ」

「僕がバラのために費やした時間だけ...」
小さな王子さまは、忘れてしまわないように繰り返しました。

「人間たちはこのことを忘れてしまったんだ。でも君は忘れちゃいけないよ。君は自分が飼いならしたものに対して、いつだって責任を負わなくちゃいけないんだ。君は、君のバラに責任を負っているんだ...」
キツネは言いました。

「僕は、僕のバラに責任を負っている...」
小さな王子さまは、忘れてしまわないように繰り返しました。


<第22章>

「こんにちは」
小さな王子さまは言いました。

「こんにちは」
転轍手は言いました。

「ここでなにをしているの?」
小さな王子さまは言いました。

「乗客を千人ずつに振り分けているんだよ。彼らを乗せて行く列車を、あるときは右方向へ、またあるときは左方向へと送り出しているんだ。」
転轍手は言いました。

すると、照明を照らした特急列車が雷鳴のような音をとどろかせながら、転轍機のある小屋を揺らして行きました。

「とても急いでいるみたいだね。なにか探しているのかな?」
小さな王子さまは言いました。

「機関車の運転手はそんなこと知らないんだよ」
転轍手は言いました。

すると、2台目の特急列車が反対方向からうなりをあげてやって来ました。

「もう戻ってきたの?」
小さな王子さまは尋ねました...

「同じ車両じゃないよ。すれ違ったんだよ」
転轍手は言いました。

「自分のいる場所に満足できなかったのかな?」
「自分のいる場所に満足できる人なんていないさ」
転轍手は言いました。

すると、3台目の特急列車が雷鳴のような音をとどろかせながらやって来ました。

「彼らは最初に通過した列車の乗客を追いかけているの?」
小さな王子さまは尋ねました。

「彼らはなにも追いかけていないさ。彼らは列車のなかで寝ているか、それともあくびをしているかだよ。子供たちだけはガラス窓に鼻を押し付けているのさ」
転轍手は言いました。

「子供たちだけが自分がなにを探しているのか知っているんだよ。子供たちはぼろきれでできた人形に時間を費やしていて、だからその人形はとても重要なものになるんだよ。もしだれかが人形を取り上げたら、子供たちは泣いてしまうだろう...」
小さな王子さまは言いました。

「子供たちは運がいいのさ」
転轍手は言いました。


<第23章>

「こんにちは」
小さな王子さまは言いました。

「こんにちは」
商人は言いました。

そこにいたのは、のどの渇きを完全に和らげる薬を売っている商人でした。その薬を週に1回飲めば、もはや水を飲みたいという欲求を感じなくなるのです。

「どうしてそんな薬を売っているの?」
小さな王子さまは言いました。

「時間をとても節約できるんです。専門家が計算したんですよ。1週間で53分の節約になりますよ」
商人は言いました。

「それで、その53分でなにをするの?」
「なんだって好きなことができますけど...」

「もし僕に53分の時間があったとしたら、噴水のところへゆっくりと歩いて行くんだけどな...」
小さな王子さまはそんなことを考えました。
# by nakabiblio | 2007-06-02 18:42 | サン=テグジュペリ
星の王子さま(第12章〜第17章)
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Le Petit Prince
星の王子さま
サン=テグジュペリ作
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<第12章>

続いて訪れた惑星にはひとりの酒飲みが住んでいました。今回の訪問はとても短いものでしたが、それでも小さな王子さまを大いに憂鬱にさせてしまいました。

「そこでなにをしているの?」
小さな王子さまは酒飲みに言いました。酒飲みの目の前には空の瓶や中身の入った瓶が並べられており、彼はそれらを静かに眺めていました。

「おれは飲んでいるんだ」
酒飲みは悲痛な様子で答えました。

「どうして飲んでいるの?」
小さな王子さまは彼に尋ねました。

「忘れるためさ」
酒飲みは答えました。

「なにを忘れるため?」
既に彼をかわいそうに思っていた小さな王子さまは尋ねました。

「恥ずかしいことを忘れるためさ」
酒飲みはうなだれながら告白しました。

「恥ずかしいってなんなの?」
彼を救ってあげたいと思っていた小さな王子さまは尋ねました。

「酒を飲むことが恥ずかしいのさ!」
そう言い終えると、酒飲みは再び沈黙のなかへ閉じこもってしまいました。

小さな王子さまは途方に暮れてしまい、その惑星を立ち去りました。

「大人って、どう考えても本当にとても変な人たちだ」
小さな王子さまは旅を続けながらそんなことを思いました。


<第13章>

4番目に訪れたのは実業家が住んでいる惑星でした。この実業家はとても忙しくて、小さな王子さまがやって来ても顔すら上げないほどでした。

「こんにちは。タバコの火が消えていますよ」
小さな王子さまは彼に言いました。

「3足す2は5。5と7で12。12と3で15。こんにちは。15と7で22。22と6で28。タバコに火をつけるひまがないんだ。26と5で31。やれやれ!ということはこれで5億162万2731だな」

「なにが5億なの?」

「うん?おまえ、まだそこにいたのか?5億と...もう分からなくなった。仕事がたくさんあるんだ!おれは重要な人間なんだよ、無駄話を楽しんでいるひまはないんだ!2と5で7...」

「なにが5億なの?」
ひとたび疑問に思ったことは決してあきらめない小さな王子さまは繰り返しました。

実業家は顔を上げました。

「おれは54年前からこの惑星に住んでいて、過去に3回だけ調子を狂わされたことがある。1回目は22年前のことで、どこからとも知れず落ちてきたコガネムシに邪魔をされたんだ。そいつが恐ろしいほどの騒音をまき散らしたために、おれは1回の足し算で4度も間違いをしてしまったんだ。2回目は11年前のことで、突然リウマチが痛み出したんだ。運動が足りなかったんだな。歩くひまもなかったから。おれは重要な人間だからな。3回目は...おまえだ!つまり、おれが数えていたときだな、5億...」

「なにが5億なの?」

実業家は静かにして欲しかったのですが、その望みはまったくなさそうだということを理解しました。

「ときどき空に見えるあの小さなものを5億だな」
「ハエのこと?」
「ちがう、キラキラ輝いている小さなものだ」
「ミツバチ?」
「ちがう、なにもせずにただぼんやりとしている黄金色の小さなものだ。このおれは重要な人間なんだぞ!ぼんやりしているひまなんてないんだ」
「なんだ!星のこと?」
「そのとおり、星のことだ」
「5億もの星をどうするの?」
「5億162万2731だ。このおれは重要な人間だから、細かなところまで正確なんだ」
「それで、そんなにもの星をどうするの?」
「どうするかだって?」
「そう」
「なんにもしやしないさ。おれはそれらを所有しているんだ」
「星を所有しているの?」
「そうだ」
「でも、以前に僕はある王様に会ったよ。その王様は...」
「王様たちは所有しないんだ。彼らはその上に君臨するだけだ。まったく別のことだよ」
「じゃあ、あなたはなんのために星を所有しているの?」
「星を所有することでおれはお金持ちになれるんだ」
「お金持ちになってどうするの?」
「誰かが新しい星を見つけたら、それを購入するんだ」

「この人と酒飲みの考え方は少し似ているな」
小さな王子さまは心のなかで思いました。

しかし、彼はさらに質問をしました。

「どうすれば星を所有することができるの?」

「星は誰のものだ?」
実業家は気難しい調子で反論しました。

「知らないよ。誰のものでもないんじゃないかな」
「ならばおれのものだ。なぜなら、おれが最初に所有することを考えついたからだ」
「それだけ?」
「そのとおりだ。おまえが誰のものでもないダイヤモンドを見つけたら、それはおまえのものだ。おまえがなにかを最初に考えついたら、それで特許をとればいい。おまえのものになる。そして、おれが星を所有しているのは、おれより先に誰も星を所有するということを考えつかなかったからだ」

「それはそうだね。それで、あなたは星を所有してどうするの?」
小さな王子さまは言いました。

「おれは星を管理するんだ。星々を数えて、そしてまた数え直すんだ。難しいことだぞ。でも、おれは重要な人間だからな!」
実業家は言いました。

小さな王子さまはそれでもまだ満足していませんでした。

「僕はスカーフを所有しているけど、それを首に巻いて持ち歩くことができるよ。もしも僕が花を所有していれば、摘んで持ち運ぶことができるよ。でも、あなたは星を摘むことはできないよね!」

「そうだ。でも、おれは星々を銀行に預けておくことができるぞ」
「それはどういうこと?」
「というのはつまりだな、小さな紙の上におれが所有している星々の数字を書いておくんだ。それから、その紙を引き出しのなかに鍵をかけてしまっておくんだ」

「それですべて?」
「それですべてだ!」

「それは面白いな。とっても詩的だ。でも、そんなに重要なことではないな」
小さな王子さまは考えました。

小さな王子さまは、重要だと思うものについて、大人たちとは大いに違った考えを持っていました。

「僕は一輪の花を持っていて、毎日水やりをしていたよ。毎週すす払いをしていた火山を3つ持っている。死火山だって同じようにすす払いをしていたんだ。噴火しないなんて言い切れないからね。僕が火山や花を所有していたことで、それらの役に立っていたんだよ。でも、あなたは星の役には立っていないようだね...」

実業家は口を開こうとしましたが、なにも言葉が見つかりませんでした。そして、小さな王子さまはその惑星を離れました。

「大人って、どう考えてもまったく変な人たちだ」
小さな王子さまは旅を続けながらそんなことを思いました。


<第14章>

5番目に訪れたのはとても奇妙な惑星でした。その惑星はこれまでに訪れたどの惑星よりも小さく、街灯ひとつと点灯夫ひとりがちょうど収まるくらいの大きさしかありませんでした。宇宙のどこかにあって、家もなければ誰も住んでいない惑星の上で、街灯と点灯夫がいったいなんの役に立つのか、小さな王子さまには理解することができませんでした。しかし、それにもかかわらず彼は心のなかで思いました。

「おそらくこの男の人はどうにかしているに違いない。でも、王様やうぬぼれ屋や実業家や酒飲みたちのほうが彼よりももっとどうにかしている。彼が街灯に火を灯すときなんて、まるで新たな星や花が誕生しているかのようだ。彼が街灯の火を消すときなんて、まるで星や花が眠りにつくかのようだ。とても素敵な仕事だ。こんなにも素敵なのだから、本当に役に立つ仕事なんだ」

彼はその惑星に近づくと、点灯夫に向かって丁寧に挨拶をしました。

「こんにちは。あなたはどうして街灯の火を消したのですか?」

「それは決まりごとだからだよ。こんにちは」
街灯夫は答えました。

「決まりごとってなんなの?」
「街灯を消すっていうことさ。こんばんは」
そう言うと、街灯夫は再び街灯に火を灯しました。

「どうして街灯に火を灯したの?」
「決まりごとだからだよ」
街灯夫は答えました。
「僕には理解できないや」
小さな王子さまは言いました。
「理解する必要なんて全然ないよ。決まりごとは決まりごとなんだ。こんにちは」
そう言うと、街灯夫は街灯の火を消しました。

それから彼は赤いチェックのハンカチで額を拭きました。

「おいらは本当に大変な仕事をしているんだよ。むかしはこんな風じゃなかったんだけどね。おいらは朝になったら火を消して、夜になったら灯を灯すんだ。それ以外の日中は休むことができたし、夜中は眠ることができたんだけど...」

「その頃とは決まりごとが変わったの?」

「決まりごとは変わっていないよ」
点灯夫は言いました。
「そこが悲しいところさ。この惑星が毎年どんどん速く回転するようになってきているんだ。それなのに決まりごとは変わらないままなんだ!」

「それで?」
小さな王子さまは言いました。

「だから今では1分で1回転するんだよ。おかげでおいらは1秒だって休めやしないよ。毎分ごとに火を灯して消してをするんだ!」

「それは面白いね。君の惑星では1日が1分だなんて!」
「全然面白くないよ。おいらたちが一緒に話してもう1ヶ月が経ったんだよ」
「1ヶ月?」
「そう。30分で30日!こんばんは」
そう言うと、街灯夫は街灯に火を灯しました。

小さな王子さまはそれを眺めて、決まりごとにとても忠実だった街灯夫のことが好きになりました。彼はかつて椅子を移動させながら探していた夕日のことを思い出しました。そして、友だちを助けてあげたくなりました。

「ねぇ...もし君が知りたいなら、僕は君を休ませてあげる方法を教えてあげるよ...」

「おいらはいつだって休みたいと思っているよ」
街灯夫は言いました。

働き者だって、ときには怠け者になりたいこともあるのです。

小さな王子さまは続けて言いました。
「君の惑星はとても小さいから、3歩で1周することができるでしょ。だから、ゆっくり歩き続ければ太陽はずっと沈まないんじゃないかな。休みたいときには歩けばいいんだよ...そうすれば1日が好きなだけ長くなるでしょ」

「それはおいらには大して役に立たないね。おいらがなによりも好きなのは眠ることなんだ」
街灯夫は言いました。

「眠るなんて無理だよ」
小さな王子さまは言いました。

「そうだよね、無理だよね。こんにちは」
街灯夫は言いました。

そして、彼は街灯の火を消しました。

「彼は王様やうぬぼれ屋や酒飲みや実業家などの他の人たちから軽蔑されるかもしれない。でも、僕にとって滑稽だと思えなかったのはただ彼ひとりだ。それはたぶん彼が彼自身以外のなにかのために熱心になっているからだろうな」
小さな王子さまはさらに遠くへと旅を続けながらそんなことを思いました。

彼は後悔でため息をひとつつき、さらに思いました。

「彼だけがただひとり僕の友だちになれた人かもしれない。でも、彼の惑星は本当にあまりにも小さすぎるんだ。2人分の場所なんてないもの...」

小さな王子さまは思い切って告白できませんでしたが、彼が本当に後悔していたことというのは、あの惑星でなら24時間で1440回も夕日が見られるのに!ということだったのです。


<第15章>

6番目に訪れたのは前より10倍も大きな惑星でした。そこには分厚い書物を著しているひとりの老紳士が住んでいました。

「ほぉ!探検家がやって来たようじゃな!」
老紳士は小さな王子さまに気づき、大声で言いました。

小さな王子さまは机の上に座り、少しばかり息をつきました。彼は既にたくさんの旅を続けて来たのです!

「君はどこからやって来たのだね?」
老紳士は小さな王子さまに言いました。

「この大きな本はなんですか?あなたはここでなにをしているのですか?」
小さな王子さまは言いました。

「わしは地理学者じゃ」
老紳士は言いました。

「地理学者ってなんですか?」
「地理学者というのは、海や川や町や山や砂漠がどこにあるかを知っている学者のことじゃよ」
「それはとても面白いですね。つまり、ちゃんとした仕事だ!」
小さな王子さまは言いました。そして、彼は地理学者の住んでいる惑星で周囲をぐるっと見回しました。彼はかつてこれほどまでに大きな惑星を目にしたことはありませんでした。

「あなたの惑星はとても立派ですね。大きな海はありますか?」
「わしはそんなことは知らんよ」
地理学者は言いました。

「えっ!(小さな王子さまはがっかりしました)じゃあ山はありますか?」
「わしはそんなことは知らんよ」
地理学者は言いました。

「でも、あなたは地理学者なのでしょう!」
「そのとおりじゃ。しかし、わしは探検家ではない。わしは探検家がいなくて困り果てておるのじゃ。町や川や山や海、それから大洋や砂漠を報告するのは地理学者の仕事ではないのじゃ。地理学者というのはあまりにも重要な仕事だから、歩き回ることなどしないのじゃよ。書斎を離れることはないのじゃ。しかし、探検家どもを迎え入れることはあるぞ。話を聞いて、やつらが憶えておることをノートに書き取るのじゃ。そして、その話のなかにひとつでも興味深く感じられるものがあれば、地理学者はその探検家の人格について取り調べを行うのじゃ」

「どうしてそんなことをするのですか?」
「というのは、探検家がうそをついていたら、地理学の書物に破綻が生じてしまうからじゃよ。同じように大酒飲みの探検家もダメじゃ」

「それはどうしてですか?」
小さな王子さまは言いました。

「なぜかといえば、酒飲みどもには視界が二重に映るからじゃよ。だから、本当は山がひとつしかないのに、ふたつあると地理学者が書き取ってしまうかもしれん」
「僕はそんな悪い探検家になりそうな人を知っていますよ」
小さな王子さまは言いました。

「そうじゃろう。それゆえ、その探検家の人格が良さそうに思えたら、その発見についての調査を行うのじゃ」

「見に行くのですか?」
「いや、それではあまりにも厄介じゃ。そこで、探検家になにか証明になるようなものを提示するように要求するのじゃよ。例えば、大きな山を発見したということであれば、そこから大きな岩を持ち帰るように要求するのじゃ」

地理学者は突然、感情をあらわにしました。

「ところで君、君は遠くからやって来たのであろう!君は探検家じゃな!君の惑星のことをわしに詳しく話してくれるのであろうな!」

そして、地理学者はメモ帳を開いて、エンピツを削りました。まずは探検家の話をエンピツでメモ帳に書きつけるのです。探検家が証拠を示すのを待って、それからインクで書きつけます。

「それで?」
地理学者は質問をしました。

「あぁ!僕の惑星なら、そんなに面白くはないですよ。とても小さいんです。火山が三つあります。そのうちふたつは活火山で、後のひとつは死火山です。でも、噴火しないなんて言い切れません」
小さな王子さまは言いました。

「そうじゃな、言い切れん」
地理学者は言いました。

「僕の惑星には花も咲いています」

「花のことは書かんよ」
地理学者は言いました。

「どうしてですか?それが一番美しいのに!」
「というのはな、花ははかないからじゃよ」
「『はかない』ってどういう意味ですか?」

「地理学の書物というのは、あらゆる書物のなかで最も重要なものなのじゃよ。決して流行遅れになることがあってはならんのじゃ。山の場所が変わるというのはめったにあることではない。大洋の水が干上がってしまうというのもめったにあることではないのじゃ。わしら地理学者はいつの時代も変わらないことを書くのじゃよ」
地理学者は言いました。

「でも、死火山は目覚めてしまうかもしれませんよ」
小さな王子さまは話の途中で割って入りました。
「『はかない』ってどういう意味ですか?」

「火山が死火山か活火山かというのは、わしら地理学者にとっては同じことなのじゃよ。わしらが考慮するのは、それが山であるということじゃ。山は変化せんからの」

「でも、『はかない』ってどういう意味なのですか?」
ひとたび疑問に思ったことは決してあきらめない小さな王子さまは繰り返しました。

「『はかない』というのは、やがて消滅してしまうおそれのあるもののことを言うのじゃ」
「僕の花はやがて消滅してしまうおそれがあるのですか?」
「そのとおりじゃ」

「僕の花ははかないのか。彼女は周囲から自分を守るために4本のトゲしか持っていないんだ!それなのに僕は彼女を僕の惑星にたったひとりきりで残してきたんだ!」

このとき初めて後悔の念がわき上がってきました。しかし、彼は元気を取り戻しました。

「これからどこへ行けばよいか、僕に助言してくれませんか?」
彼はお願いしました。

「地球じゃな。評判のよいところじゃよ...」
地理学者は彼に向かって答えました。

そして、小さな王子さまは花のことを思い浮かべながら、その惑星を離れました。


<第16章>

そのようなわけで、7番目に訪れた惑星は地球でした。

地球はどこにでもある惑星ではありません!そこには111人の王様がいて(もちろん黒人の王様も忘れてはいません)、7000人の地理学者、90万人の実業家、750万人の酒飲み、3億1100万人のうぬぼれ屋、つまりはおよそ20億人もの大人がいるのです。

地球の大きさについて理解しやすいように、電気が発明される以前のことを話したいと思います。街灯を管理するためには、六つの大陸で合わせて46万2511人もの大勢の街灯夫が必要だったのです。

その光景を少し離れたところから眺めると、まばゆいばかりに壮麗な印象を受けたことでしょう。無数の街灯が規則どおりに移り行く様子は、まさしくオペラ座のバレエのようでした。まずはニュージーランドとオーストラリアの街灯夫の出番がやって来ます。彼らは街灯に火を灯すと、そこで眠りにつくのでした。そうしたら次は中国とシベリアの街灯夫たちが踊り出し始める番です。それから彼らもまた舞台袖に下がります。その次にはロシアとインドの街灯夫の出番が回ってきます。さらにその次はアフリカとヨーロッパの街灯夫の出番です。その後は南米大陸、北米大陸へと出番が続いていきます。彼らは舞台に登場する順番を決して間違えることはありません。それは壮大な光景でした。

ただし、北極にひとつしかない街灯の街灯夫と、その同僚で南極にひとつしかない街灯の街灯夫だけは、怠惰で悠長な生活を送っていました。というのは、彼らは年に2回ほどしか働いていなかったのです。


<第17章>

なにかしら気の利いたことを言おうと思えば、誰でも少しばかりウソをつくことがあります。街灯夫のことを話したとき、僕はあまり正直ではありませんでした。僕たちの惑星について、それを知らない人たちに間違った観念を与えてしまったおそれがあります。人間は地球の表面のほんのわずかを占めているにすぎません。地球上に住む20億人が一堂に会して、起立したまま密接に寄り合ったとすれば、全員が20マイル四方の広場にたやすく収まるのです。太平洋に浮かぶ最も小さな小島にだって、全人類を詰め込むことができるでしょう。

大人たちはもちろんそんなことは信じないでしょう。彼らは多くの土地を人間が占めていると思い込んでいるのです。そして、自分たちがバオバブのように重要な存在だと思っているのです。だから、彼らに計算してみるように勧めてあげてください。彼らは数字が大好きなのですから、きっと喜ぶことでしょう。しかし、そんなことで時間を無駄にしてはいけません。どうでもよいことなのですから。僕のことを信用してもらえればそれでよいのです。

小さな王子さまは地球上で誰にも出くわさないことに驚きました。彼は惑星を間違えてしまったのではないかと心配しましたが、そのとき、月の色をした環状のなにかが砂のなかでうごめきました。

「こんばんは」
小さな王子さまは念のために声をかけました。

「こんばんは」
ヘビが答えました。

「なんて名前の惑星の上に僕は落ちたのだろう?」
小さな王子さまは質問しました。

「地球だよ。アフリカさ」
ヘビは答えました。

「あぁ!...それで、地球上には誰もいないの?」
「ここは砂漠だぞ。砂漠には誰もいないんだ。地球は大きいからな」
ヘビは言いました。

小さな王子さまは石の上に座り、空に目を向けました。

「僕は思うんだけど、星がキラキラ輝いているのは、いつの日かみんなが自分の星を見つけるためなんじゃないかな」
小さな王子さまは言いました。
「僕の惑星を見てよ。ちょうど僕たちの真上にあるよ...でも、なんて遠いんだろう!」

「きれいな惑星だな。ここになにをしに来たんだ?」
「ある花とうまくいかなくてね」
小さな王子さまは言いました。
「そうなのか!」
ヘビは言いました。

そして、ふたりとも黙りました。

「人間はどこにいるの?砂漠はちょっとさみしいみたいだから...」
やがて小さな王子さまが再び話しかけました。

「人間たちのところにいても同じように孤独だぞ」
ヘビは言いました。

小さな王子さまは長いあいだヘビを見つめていました。

「君は変わった生き物だね。指のように細長くて...」
ようやく小さな王子さまはヘビに向かって言いました。

「だがな、おれは王様の指よりも力強いんだぞ」
ヘビは言いました。

小さな王子さまは少しだけ笑いました。

「君はあんまり力強くないよ...君には足だってないんだから...旅をすることだってできないよね...」

「おれはおまえを船でなんかよりもずっと遠くに連れて行ってやることができるんだぞ」
ヘビは言いました。

するとヘビは、まるで金のブレスレットのように、小さな王子さまのくるぶしのまわりに巻きつきました。
「おれが触れたやつは、そいつを生まれ故郷の土に還してやることができるんだぞ。でも、おまえは純情そうだし、他の星からやって来たんだったよな...」
ヘビはさらに言いました。

小さな王子さまはなにも答えませんでした。

「おまえを見ているとなんだか哀れに思えてくるよ。おまえはひ弱すぎるんだ、この岩だらけの地球の上では。自分の惑星が懐かしくなったら、そのときはおれが手助けしてやるぞ。おれには...」

「そうか!よく分かったよ。でも、どうして君はいつも謎めいた話し方をするの?」
小さな王子さまは言いました。

「おれがすべてを解決してやるさ」

そして、ふたりは黙ってしまいました。
# by nakabiblio | 2007-06-02 18:39 | サン=テグジュペリ
星の王子さま(第6章〜第11章)
ANTOINE DE SAINT-EXUPÉRY
Le Petit Prince
星の王子さま
サン=テグジュペリ作
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<第6章>

そうか!王子さま、僕は君の物悲しい生活について少しずつ分かってきたよ。君には長いあいだ、夕日が沈むときの美しさくらいしか楽しみがなかったんだね。僕はこの新事実を4日目の早朝、君が僕に次のように言ったときに理解したんだよ。

「僕は夕日が沈むのがとても好きなんだ。日没を見に行こうよ...」
「でも、待たなくちゃいけないよ...」
「待つって、なにをさ?」
「太陽が沈むのをさ」

すぐに君はとても驚いた様子をして、それから一人で笑い出した。そして僕に言ったんだ。

「僕はいつだって自分の家にいると思ってしまうんだ!」

実際のところ、誰でも知っていることだけれど、アメリカが正午のときにフランスでは夕日が沈むんだよ。1分でフランスに行くことができれば、日没を見物することができる。残念なことに、フランスはとても遠すぎるんだ。でも、君の小さな惑星でなら、椅子を何歩分か移動させるだけで十分なんじゃないかな。だから君は望むがままに何度でも黄昏を眺めていられたんだね...

「いつだったか、僕は夕日が沈むのを44回も見たんだよ!」

そして、それから少し後になって君は付け加えたよね。

「ねぇ...とても悲しいときには、夕日が沈むのを眺めていたいものだよね...」
「44回も日没を眺めたその日、君はそんなに悲しかったの?」

しかし、小さな王子さまは答えませんでした。


<第7章>

5日目には、いつものように羊のおかげで、小さな王子さまの生活に関する秘密が明らかになりました。ずっと長いあいだ黙って考えていた問題の答えのように、彼は僕になんの前触れもなくぶっきらぼうに聞いてきたのです。

「羊のことだけど、低い木を食べるのなら、同じように花も食べるのかな?」
「羊は目に入ったものならなんでも食べるんだよ」
「トゲのついている花も?」
「そうだよ。トゲのついている花だって同じように食べてしまうよ」
「じゃあ、トゲはなんのためについているの?」

僕はそれについて知りませんでした。僕はそのとき、エンジン部分のきつく締まったボルトをはずそうとしていて、とても忙しかったのでした。故障が非常に深刻なものだと明らかになってきたのでとても心配でしたし、飲み水が尽きるという最悪の事態を恐れていたのです。

「トゲはなんのためについているの?」

小さな王子さまは、ひとたび疑問に思ったことは決してあきらめませんでした。僕はボルトのことでいらいらしていたので、いい加減に答えました。

「トゲなんてなんの役にも立ちやしないよ。それは花が意地悪するためにつけているだけなんだ!」
「なんだって!」

しかし、わずかな沈黙の後に、彼は恨みを込めた感じで僕に言い放ちました。

「僕にはそんなこと信じられないよ!花たちはか弱くて無邪気なんだ。そして、できるだけ安心していたいんだよ。花たちは自分にトゲがあるから、みんなが怖がると思っているんだよ...」

僕はなにも答えませんでした。そのとき、僕は次のようなことを考えていたのです。

「もしもこのボルトがはずれないままなら、ハンマーで吹っ飛ばしてやろう」

小さな王子さまは、またしても僕の考えを邪魔しました。

「君は信じているの、花たちが...」
「ちがう!ちがう!信じちゃいない!いい加減に答えたんだ。僕は重要なことで頭がいっぱいなんだ!」

彼は愕然として、僕を見ました。

「重要なことだって!」

手にはハンマー、油で黒ずんだ指、そして彼にはとても汚らしく思えていた物体の上に身をかがめている僕、彼はそれらを見ていました。

「君は大人たちのような話し方をするんだね!」

彼のこの一言によって、僕は少し気恥ずかしくなってしまいました。しかし、彼は容赦なく続けました。

「君はすべてを混同しているよ...君は全部をごちゃまぜにしているんだ!」

彼は本当にとても怒っていました。彼は黄金色の髪を風になびかせながら、

「真っ赤な顔をした男の人が住んでいる惑星を僕は知っているんだ。彼は花の匂いをかいだこともなければ、星を眺めたこともないんだよ。誰かを愛したことも決してない。彼は足し算以外には決してなにもしたことがないんだ。そして、君と同じように一日じゅう繰り返しているんだ、『おれは重要な人間なのだ!おれは重要な人間なのだ!』って。そして、そのことが彼を思い上がりでいっぱいにするんだよ。でも、そんなのは人間じゃない、キノコだよ」

「なんだって?」
「キノコだよ!」

そのとき小さな王子さまは怒りで完全に青ざめていました。

「花たちは何百年も前からトゲをつけているんだ。羊たちだって何百年も前からその花を食べ続けているんだ。だから、花たちが決してなんの役にも立たないトゲをなぜつけているのか、それを理解しようとするのは重要なことじゃないの?羊と花との争いは重要なことじゃないの?そのことは太った赤ら顔の男の人の足し算よりも重要でも大切でもないっていうの?僕の惑星以外にはどこにも存在しない、世界でたったひとつだけの花を僕が知っているとして、ある朝、小さな羊がなにも知らないままにたったの一口でその花を絶滅させることができるとしたら...そのことは重要じゃないっていうの!」

彼は真っ赤になって、続けて言いました。

「もしも誰かが、無数にある星々のなかでたったひとつの星にしか存在しない花を好きだとしたら、その人は星々を眺めるだけで十分に幸せになれるんだ。そして彼は思うんだよ、『僕の花はあの星々のどこかにあるんだ...』って。でも、もしも羊がその花を食べてしまったとしたら、その人にとってはすべての星々が突然消えてしまったようなものなんだよ!なのに、それが重要じゃないっていうの!」

彼はそれ以上なにも言えませんでした。そして突然泣きじゃくり始めました。すっかりと夜になっていました。僕は工具を手放しました。ハンマーやボルト、喉の渇きや死の危険について、僕はまったく気にならなくなっていました。ある星で、ある惑星で、僕の星で、地球で、小さな王子さまが慰めを必要としていたのです!僕は彼を腕のなかで受け止めました。僕は彼をなだめて、そして言いました。

「君の好きな花は危険にさらされてはいないよ...僕が君の羊のために口輪を描いてあげるよ...君の花のために囲いを描いてあげるよ...それから...」

それ以上なにを言えばよいか分かりませんでした。僕は自分がとても不器用だと感じました。どうすれば彼の心に手が届くのか、心を通じ合わせることができるのか、僕には分かりませんでした...本当に不思議なところです、涙の国は!


<第8章>

その花について、僕はすぐさま十分に理解するようになりました。小さな王子さまの惑星には、一重の花びらのついた素朴な花がこじんまりと、そしてひっそりといつも咲いていました。その花は朝になると草のあいだから顔を出し、そして夜になると再び姿を消すのでした。しかしある日、どこから運ばれてきたとも知れない植物の種が芽を出したのです。小さな王子さまは、他のどの植物の芽とも似ていない、その芽をとても近くで見守りました。それはバオバブの新種かもしれませんでした。しかし、その芽はすぐに成長をやめ、花を咲かせる準備を始めました。大きなつぼみが成長していく様子を目の当たりにした小さな王子さまは、そこから驚くような花が出現するのではないかと感じました。ところが、その花は緑色のつぼみのなかに隠れたままで、美しくなるための準備をなかなか終えませんでした。念入りに色彩を選び、花びらの一枚一枚をゆっくりと整えていたのです。ヒナゲシのようにしわくちゃなまま外に出て行きたくはありませんでしたし、美しさで輝きがいっぱいになるまで姿を見せたくはなかったのです。そう、その花はそれほどまでに魅力的だったのです!それゆえに、その神秘的な身繕いは何日も何日も続きました。そして、それからある朝のこと、太陽が昇るちょうどの時刻に、その花は姿を見せたのでした。

きちんとおめかしをして出てきた彼女はあくびをしながら言いました。

「あぁ!やっと目が覚めたわ...ごめんなさいね...まだ髪が乱れたままだわ...」

小さな王子さまは感動を抑えることができませんでした。

「あなたはなんて美しいんだろう!」

その花は穏やかに答えました。

「そうでしょう。わたしは太陽と一緒に生まれたんですもの...」

小さな王子さまは、彼女があまり謙虚ではなさそうなことに気づきましたが、それでも彼女はたいそう魅力的でした!

「朝食の時間だわ」

彼女は続けて言いました。

「あなた、なにか用意してくださらないかしら...」

小さな王子さまは戸惑いつつも、じょうろを探しに行くと、新鮮な水を汲んでその花に与えました。

かくして、彼女の少し気難しくて見栄っ張りな性格は、すぐに小さな王子さまを困らせることになりました。例えば、ある日、彼女が4本のトゲについて話していたとき、小さな王子さまに向かって言いました。

「鋭いツメを持ったトラたちがやって来るかもしれないわ」

小さな王子さまは言い返しました。

「僕の惑星にトラはいないよ。それにトラたちは草は食べないんだ」

その花は穏やかに答えました。

「わたしは草ではありませんわ」

「ごめんなさい...」
「わたしはトラなんて全然恐れていないわ。でも、風が恐いの。あなた、ついたてをお持ちでいらっしゃらないかしら?」

小さな王子さまは言いました。

「風が恐いだなんて...植物なのに、仕方がないなぁ。なんて厄介な花なんだろう...」

「夜になったらわたしにガラスをかぶせて下さいね。あなたの惑星はとても寒いんですもの。居心地が良くないわ。わたしが以前に住んでいたところなんて...」

ところが彼女はそう言いかけてやめました。彼女は種のかたちで被われたままやって来たのでした。他の世界のことを知っているはずがなかったのです。彼女は、見え透いた嘘をついてしまったことに気づいて恥ずかしくなり、咳払いを2、3回しました。

「ついたては?...」
「僕が探しに行こうとしたら、あなたが話しかけてきたんじゃないですか!」

すると彼女は、小さな王子さまに後悔させるために、無理に咳をしました。

こうして小さな王子さまは、好意を寄せてはいたものの、すぐに彼女を疑わしく思うようになりました。大したことのない言葉でさえも深刻に受け取るようになり、とても悲しい気持ちになったのでした。

ある日、彼は僕に打ち明けました。

「彼女の言うことを聞くべきじゃなかったんだ。花の言うことなんて聞く必要ないんだ。眺めて匂いをかぐだけでよかったんだ。花は僕の惑星を香りで満たしてくれたけど、僕はそれを喜べなかった。トラのツメの話だって、本当に僕をイライラさせたけど、きっと優しい気持ちになれたはずだったのに...」

彼は僕にさらに打ち明けました。

「僕は全然理解することができなかったんだ!言葉なんかじゃなくて、行いで判断すべきだったのに。彼女は僕を香りで満たしてくれて、晴れやかにしてくれた。僕は決して逃げ出すべきじゃなかったんだ!彼女の哀れなずる賢さの背後にあった優しさを見抜くべきだったんだよ。花はとても矛盾しているんだから!でも、僕は彼女を愛することを知るにはあまりにも若すぎたんだ」


<第9章>

彼は野生の渡り鳥を利用して脱出したのではないかと僕は思いました。出発の朝、彼は自分の惑星を整理しました。活火山の煤(すす)を念入りに払いました。彼の惑星には活火山がふたつあったのです。それは朝食を温めるのにとても便利でした。また、彼の惑星には死火山もひとつありました。しかし、彼は「噴火しないなんて言い切れない!」と思い、死火山も同じように掃除しました。それらの火山は、よく掃除されているならば、爆発することなくきちんと穏やかに燃えるのです。火山の噴火は暖炉の火のようなものです。もちろん地球上では、火山を掃除するには僕たちはあまりに小さすぎます。だから火山は僕たちをとても悩ませるのです。

小さな王子さまは、少し憂鬱になりながらも、最後のバオバブの芽も引っこ抜きました。彼は再び戻ってくることは決してないだろうと思っていました。その朝は慣れ親しんだ作業のすべてがとても彼の心にしみました。そして花に最後の水やりをし、ガラスの被いをかぶせようとしたとき、彼は自分が泣きたい気持ちになっていることに気づきました。

「さようなら」

彼はその花に向かって言いました。

しかし、彼女は彼に対してなにも答えませんでした。

「さようなら」

彼は繰り返して言いました。

その花は咳払いをしました。しかし、それは彼女が風邪を引いているせいではありませんでした。

「わたしがばかだったわ」

ついに彼女は彼に言いました。

「わたし、あなたにおわびしたいの。お幸せにね」

彼は彼女が自分をとがめないことに驚きました。彼はまったく戸惑ってしまって、ガラスの被いを持ったままその場に立ち尽くしました。その花が穏やかで落ち着いていることが、彼には理解できなかったのです。

「そう、わたしはあなたのことが好きよ」

その花は彼に向けて言いました。

「わたしのせいで、あなたはそのことを全然知らないのね。そんなこと、どうでもいいわね。でも、あなたもわたしと同じくらいばかだったのよ。お幸せにね...そのガラスはそのままにしておいてちょうだい。もう要らないから」

「でも風が...」

「そんなに大した風邪じゃないの...冷たい夜風は大丈夫よ。わたしは花なんだもの」

「でも動物が...」

「チョウチョと知り合いになりたかったら、毛虫の2、3匹は我慢しなくちゃならないわ。チョウチョはとても美しいらしいのよ。そうでもしなければ、誰がわたしのところに訪ねてくると思う?あなたは遠くへ行ってしまうのよ。大きな動物だって、わたしは全然恐くないわ。わたしにだってツメがあるんだから」

そして、彼女は4本のトゲを無邪気に見せました。それから彼女は続けて言いました。

「そんな風にぐずぐずしないで、イライラするわ。あなたは出発すると決めたんだから、どこへでも行きなさいよ」

彼女は泣くところを彼に見られたくなかったのです。本当に素直になれない花なのでした...


<第10章>

彼は惑星325、326、327、328、329そして330などがある一帯にたどり着きました。それから彼は、なにかしら用事を探したり学んだりするために、それらの惑星を訪れました。

最初に訪れた惑星にはひとりの王様が住んでいました。その王様は紫色の毛皮を身にまとい、簡素ながらもおごそかな玉座に着いていました。

「おぉ!そこにおるのは臣下の者か!」

小さな王子さまを見つけた王様は大声で叫びました。小さな王子さまは思いました。

「まだ会ったこともないのに、どうして僕のことを知っているのだろう!」

王様たちにとって世界はとても単純なものだということを彼は知りませんでした。すべての人々は臣下なのです。

「もっとよく見えるように近くへ来なさい」

ようやく臣下を持つことができるようになったと思って尊大になっていた王様は彼に向かって言いました。

小さな王子さまはどこに座ろうかと周囲を眺めましたが、その惑星は王様の豪華な毛皮のマントで完全にふさがっていました。彼は立ったままで、まるで疲れたかのようにあくびをしました。

「王の前であくびをするなどもってのほかである。そなたにあくびを禁ずる」
王様は彼に言いました。

「あくびが我慢できなかったのです。僕は長い旅をしてきて、寝ていないもので...」小さな王子さまは漠然として答えました。

「そうか、では余はそなたにあくびを命ずる。余は誰かがあくびをするのを何年間も目にしておらんのでな。あくびは余にとって興味深いのじゃ。さぁ!もう一度あくびをせよ。これは命令である」
王様は彼に言いました。

「びっくりしてしまって...もうできません...」

小さな王子さまは赤面してしまいました。

「なにっ!そうか! では...ではそなたに命ずる。あるときはあくびをし、あるときは...」

王様は少しだけ口ごもってしまい、気分を害したようでした。

というのは、王様がなによりも守りたかったのは、自分の権威が尊重されることだったのです。王様は不服従を受け入れませんでした。絶対君主だったのです。しかし、とても気の良い王様だったので、道理にかなった命令ばかりを下していました。

「もし余が将軍に対して海鳥に変身しろという命令を下して、その将軍が命令に従わなかったとしたら、それは将軍の落ち度にはなるまい」王様はいつもこのように言っていました。

「座ってもいいでしょうか?」小さな王子さまは遠慮がちに尋ねました。

「そなたに座ることを命ずる」
王様は毛皮のマントをおごそかに引き寄せながら答えました。

ところが、小さな王子さまは驚きました。その惑星はとても小さかったのです。王様はいったいなにを統治していたのでしょうか?

「王様...質問することを僕にお許し下さい...」彼は王様に言いました。
「余に質問することを命ずる」王様は即座に言いました。
「王様...王様はなにを統治していらっしゃるのですか?」

王様はとても簡潔に答えました。
「すべてじゃ」
「すべてですって?」

王様は控えめな手振りで自分の惑星とその他の惑星や星々を指し示しました。

「それらすべてをですか?」小さな王子さまは言いました。
「それらすべてをじゃ」王様は答えました。

なぜなら、王様はただの絶対君主ではなく、宇宙全体の君主なのでした。

「では、星々は王様に従っているのですか?」
「もちろんじゃ。星々は即座に命令に服する。余は不服従を認めない」

小さな王子さまは王様の権力に驚嘆させられました。もしもそれほどの権力を握っていたとすれば、1日のうちに44回ではなく、72回でも100回でも、あるいは200回でも、椅子を動かすことなく日没を見ることができたでしょう!そして、自分が見捨ててきた小さな惑星を思い出して少し悲しく感じていたので、彼は思い切って王様に力添えをお願いしてみました。

「僕は日没を見たいのですが...お願いします...太陽が沈むように命令をしてください...」

「余が将軍に対して、チョウチョのように花から別の花へ飛び移れと、または悲劇作品を書くようにと、あるいは海鳥に変身しろなどと命令したとして、もしも将軍がその命令を実行できなかったとしたら、過ちは余と将軍のどちらのうちにあるのかな?」

「それは王様です」小さな王子さまはきっぱりと言いました。

「そのとおりじゃ。各々の者ができる範囲のことを要求せねばならんのじゃ。権威とはまずもって道理の上に立脚しておる。もしもそなたが人々に海に飛び込むようにと命令したとしたら、そのときには革命が起こるかもしれん。余は、余の下す命令が理屈にかなっておるから、人々に服従を求める権利を有しておるのじゃ」

「それで、僕のお願いした夕日は?」
小さな王子さまは話を元に戻しました。彼はひとたび疑問に思ったことは決して忘れなかったのです。

「そなたの願い出た夕日は、じきに見ることができるであろう。余が命令を下そう。しかし、余の統治方針に従って、状況が整うまで待つことにしよう」

「それはいつになりそうですか?」小さな王子さまは尋ねました。

「ふむ!ふむ!」王様は分厚い暦を眺めながら答えました。
「ふむ!ふむ!それは...そうだな...だいたい...今夜の7時40分頃じゃ!その頃になれば余が命令を下したことがそなたに分かるぞ」

小さな王子さまはあくびをしました。日没を見たいというお願いが上手くいかないことに彼は後悔しました。それから彼は少し退屈してしまいました。

「僕はもうここではなにもすることがありません。出発します!」彼は王様に言いました。

「行ってはならんぞ」臣下ができたことでとても尊大になっていた王様は答えました。
「行ってはならん。余はそなたを大臣に任命する!」

「なんの大臣ですか?」
「ええと...法務大臣じゃ!」
「でも裁く相手なんていないじゃないですか!」
「それは分からんぞ。余はまだ余の王国を一巡したわけではないからな。余はとても歳を取っておるし、それに馬車を置く場所もない。だから、余は歩くのがつらいのじゃ」

「なんだ!でも僕はもう見ましたよ」
惑星の反対側を眺めるために身をかがめて、小さな王子さまは言いました。
「向こう側にはもう誰もいません」

「ならばそなたはそなた自身を裁くのじゃ」王様は彼に向かって答えました。
「それは最も難しいことじゃ。他人を裁くよりも自分自身を裁くことのほうがはるかに難しいからな。もしもそなたがそなた自身を上手く裁くことができたとしたら、それはそなたが真に立派な人間ということじゃ」

「僕はどこにいたって自分自身を裁くことができます。ここに住む必要はありません」小さな王子さまは答えました。

「ふむ!ふむ!」王様は言いました。「たしか余の惑星のどこかに年老いたネズミがいたはずじゃ。夜中にネズミの足音が聞こえたのでな。そなたはその年老いたネズミを裁くがよいぞ。ときにはそのネズミに死刑を宣告してもよい。だから、ネズミの命はそなたの裁き次第じゃ。しかし、いつでも恩赦を与えねばならんぞ。ネズミは一匹しかおらんのでな」

「僕は死刑を宣告したくはありません。それから、僕はもう出発しようと思います」小さな王子さまは答えました。

「ならんぞ」王様は言いました。

しかし、小さな王子さまは出発の準備を終えていたので、年老いた君主につらい思いをさせたくはありませんでした。

「もしも王様がきちんと命令に従わせることをお望みでしたら、道理にかなった命令を僕に下してください。例えば、1分以内に出発することを僕に命じて下さい。そのための状況は整っているように僕には思えるのですが...」

王様はなにも答えませんでした。小さな王子さまはため息をついて少し躊躇しましたが、出発する決心をしました。

「余はそなたを大使に任命する」王様は急いで大声で言いました。

王様は権威に満ちあふれている様子でした。

「大人って、とても変な人たちだ」
小さな王子さまは旅を続けながらそんなことを思いました。


<第11章>

二番目に訪れた惑星にはひとりのうぬぼれ屋が住んでいました。

「おぉ!おぉ!わしの崇拝者がやって来た!」
うぬぼれ屋は小さな王子さまに気づくや否や、遠くから大声で叫びました。

というのは、うぬぼれ屋たちにとって、すべての他人は崇拝者なのです。

「こんにちは。変わった帽子をお持ちですね」
小さな王子さまは言いました。

「それは挨拶を交わすためのものだよ。誰かがわしに喝采を送るときに、それに応えるための帽子なんだ。残念なことに誰もここを通らないけどね」

「へぇ、そうなんですか?」
小さな王子さまはよく理解できないままに言いました。

「手をたたいてごらんよ」
うぬぼれ屋は勧めました。

小さな王子さまは手をたたきました。するとうぬぼれ屋は帽子を持ち上げながら、慎み深く会釈をしました。

「これは王様のところへ訪ねたときよりも面白そうだ」

小さな王子さまは心のなかで思いました。そして、彼はもう一度手をたたきました。うぬぼれ屋は帽子を持ち上げ、再び会釈をしました。

小さな王子さまは同じような遊びを5分ほど繰り返し、飽き飽きしたところで尋ねました。

「帽子を脱いでもらうためにはなにをする必要があるのですか?」

しかし、それはうぬぼれ屋の耳には入りませんでした。うぬぼれ屋たちには褒め言葉以外は決して耳に入らないのです。

「君は本当にわしに敬服しているのかい?」
うぬぼれ屋は小さな王子さまに尋ねました。

「『敬服』ってどういう意味ですか?」

「『敬服』というのは、この惑星でわしが最も立派で、最も良い服装をしていて、一番のお金持ちで、それから最も知的だと認めるということを意味しているのだよ」

「でも、あなたの惑星にはあなたひとりしかいないじゃないですか!」

「頼むから敬服してわしを喜ばせておくれよ!」

「僕はあなたを敬服しますよ」
小さな王子さまは少しだけ肩をすくめながら言いました。
「でも、どうしてそんなことで喜ぶの?」

それから小さな王子さまはその惑星を後にしました。

「大人って、どう考えても変な人たちだ」
小さな王子さまは旅を続けながらそんなことを思いました。
# by nakabiblio | 2007-06-02 18:37 | サン=テグジュペリ
星の王子さま(まえがき〜第5章)
ANTOINE DE SAINT-EXUPÉRY
Le Petit Prince
星の王子さま
サン=テグジュペリ作
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<まえがき>


レオン・ウェルトに

この本を一人の大人に捧げることを私は子供たちにおわびしたい。私にはきちんとした言い訳があるのだ。その大人は、私にとってこの世で最良の友人なのである。言い訳は他にもある。その大人は、子供のために書かれた本をきちんと理解できるのである。三つ目の言い訳もある。その大人は、飢えと渇きに苦しむフランスに住んでいて、慰められることをとても必要としているのである。もしこれらの言い訳でもまだ十分でないのなら、私はこの本をかつて子供だったその大人に捧げたいと思う。大人は誰しも最初は子供だったのだから(しかし、大人たちのなかにはそのことを憶えている者はほとんどいない)。だから、私は献辞を訂正する。

小さな少年だった頃の
レオン・ウェルトに


<第1章>

僕が6歳のころ、あるとき、原始林のことが書かれた『本当にあった話』という本のなかで、素晴らしい絵を見ました。そこには猛獣を呑み込んでいるボアという大蛇の絵が描かれていました。ここにその絵の写しがあります。

その本には次のように書かれていました。「大蛇ボアは獲物を噛まずに丸呑みにします。そうすると、彼らは動けなくなってしまって、消化のために6ヶ月ものあいだ眠るのです」

僕はジャングルでの冒険についてよく考えてみました。そして、色エンピツを使って、初めてのデッサンを描き上げました。僕のデッサン第1号はこんな感じです。

僕は自信作を大人たちに見せて、それが恐くないかとたずねました。

大人たちは答えて言いました。「なぜ帽子が恐いんだい?」

僕のデッサンは帽子を描いたものではありません。象を消化している大蛇ボアを描いたのです。僕は大人たちが理解できるようにと、大蛇ボアの内側を描きました。大人たちはいつだって説明されなくては理解できないのです。僕のデッサン第2号はこんな感じです。

大人たちは、大蛇ボアの外側や内側のデッサンなんかやめにして、それよりも地理や歴史、算数、国語に興味を持つようにと僕に勧めました。こうして6歳のとき、僕は画家という素晴らしい職業を断念したのです。自作のデッサン第1号と第2号の失敗によって、僕は落胆させられたのでした。大人たちは決して何ひとつとして理解することができないのです。いつもいつも大人たちに説明してあげることは、子供たちにとってうんざりすることなのです。

そんなことから、僕は別の職業を選ぶことにし、飛行機の操縦法を習得しました。僕は世界中のいたるところを飛び回りました。地理はたしかに役に立ちました。僕は一目見ただけで中国とアリゾナを区別する方法を知っていたのです。夜間に道に迷ったときには地理はとても役に立ちます。

そういうわけで、僕はこれまで生きてきて多くの信頼のおける人々とたくさん付き合ってきました。僕はそれらの大人たちのとても近くにいて、多くの時間をともに過ごしてきました。そのことは僕の信念をあまり変えませんでした。

少しばかり賢そうに見える大人と知り合ったときには、僕はいつも持ち歩いていたデッサン第1号を試しに彼らに見せてみました。彼らがきちんと理解を示すかどうか知りたかったのです。しかし、彼らの答えはいつも決まっていました。「それは帽子でしょ」

僕は彼らに大蛇ボアのことも原始林のことも星のことも話しませんでした。彼らの理解できる範囲にとどめておいたのです。僕は彼らにブリッジのことやゴルフのこと、政治のこと、そしてネクタイのことなどを話しました。すると大人たちは、話のわかる男だと思って満足するのです。


<第2章>

そういうわけで、6年前にサハラ砂漠で飛行機が故障するまで、僕は本当のことを話せる相手と出会うことなく、ひとりで生きてきました。(故障というのは)飛行機のエンジンのどこかが壊れたのです。整備士も乗組員も連れていなかったので、僕は難しい修理をたったひとりでやってのけなければなりませんでした。それは僕にとって生きるか死ぬかの問題だったのです。僕はかろうじて8日分の飲み水を持っているだけでした。

最初の夜、僕は人の住んでいる土地から千マイルも離れた砂の上で眠りました。海のまんなかで、いかだに乗って遭難しているよりも、もっとひとりぼっちでした。夜明けに奇妙な小さな声が聞こえてきて、目覚めさせられたときの僕の驚きが想像できるでしょうか。その声は言いました。

「すいません...僕のために羊を描いてくれませんか!」
「なんだって!」
「僕のために羊を描いてくれませんか...」

僕は雷にでも打たれたかのように驚いて、両足で飛び起きました。僕は両目をよくこすり、じっと注視しました。すると、まじめな顔をしてこちらを見ている、まったく風変わりな小さな男の子が見えました。ここに僕が後になって彼の姿を最もうまく描くことができた肖像画があります。しかし、もちろん僕のデッサンはモデルそのものほど素敵には描けていません。そのことは僕のせいではありません。6歳のとき、僕は大人たちによって画家の職業をあきらめさせられて以来、大蛇ボアの外側と内側以外には何も絵を描いたことがなかったのですから。

僕は驚きで目をまるくして彼の出現を眺めました。人の住んでいる地域から千マイルも離れたところに僕がいたことを忘れてはいけません。ところがその小さな男の子は、道に迷ったふうでもなく、疲れや空腹や渇きや恐怖に苦しんでいるふうでもありませんでした。彼は、人の住む地域から千マイルも離れた砂漠のまんなかで迷っている子供のようにはまったく見えませんでした。僕はようやく口がきけるようになったので、彼に向かって言いました。

「ところで...君はここで何をしているの?」

彼はとても真剣なことのように、ゆっくりと繰り返しました。

「すいません...僕のために羊を描いてくれませんか...」

不思議なことに、あまりに印象的なことに遭遇すると、人は逆らわないものです。人の住む場所から千マイルも離れて死の危険にあるときに、羊の絵を描くなんてばかばかしく思えましたが、僕はポケットから紙とエンピツを取り出しました。しかし、僕は地理や歴史や算数や国語ばかり勉強していたことを思い出し、(少しむっとしながら)小さな男の子に描きかたを知らないと言いました。彼は答えました。

「かまわないから、僕のために羊を描いてくれませんか」

僕は一度も羊を描いたことがなかったので、僕が描くことのできるたった2つのうちの一方を彼のために描きました。それはボアの外側です。そして、その小さな男の子が答えるのが聞こえて、僕はびっくりさせられました。

「ちがう、ちがう、僕はボアに呑み込まれた象が欲しいんじゃないよ。ボアはとても危険だし、象は大きくて厄介だ。僕の家はとても小さいんだから。僕は羊を必要としているんだよ。羊を描いてくれませんか」

そこで僕は描きました。

彼は注意深く眺めた後で、

「ちがう、この羊はもうひどい病気にかかっているよ。別のを描いてくれませんか」

僕は描きました。

僕の友だちは寛容に、そして行儀よく微笑みました。

「わかるよね。これは羊じゃなくて、雄羊だよ。角があるもの」

僕は再びデッサンをやり直しました。

しかし、先のデッサンと同じように、彼はそれを拒みました。

「その羊は歳を取り過ぎているよ。僕は長生きする羊が欲しいんだ」

僕は我慢の限界に達して、飛行機のエンジンを分解しにかかろうと急いでいたので、乱雑にこんな絵を描きました。そして、彼に渡しました。

「それは箱だよ。君が欲しがっている羊はそのなかにいるよ」

ところが、彼が顔を輝かせているのが見えたので、僕はとても驚かされました。

「僕が欲しかったのはまさしくこんな羊だよ!君はこの羊がたくさん草を食べるか知っているかい?」
「どうして?」
「だって、僕の家はとても小さいから」
「きっと大丈夫だよ。僕は君にとても小さな羊をあげたんだから」

彼はそのデッサンへ向けて頭を傾けました。

「そんなに小さくはないよ...あれっ、羊が眠ったよ」

こうして僕は小さな王子さまと知り合いになりました。


<第3章>

彼がどこからやって来たのかがわかるまでにかなりの時間がかかりました。小さな王子さまは、僕にはたくさん質問をしてくるのですが、こちらの質問は決して聞き入れようとはしないのです。彼の話した言葉から偶然に少しずつ、いろんなことが明らかになってきました。僕の飛行機(それはとても複雑なので僕には描くことができません)に初めて気づいたとき、彼は僕に尋ねました。

「そこにある物は何なの?」
「物じゃないよ。それは飛ぶんだ。飛行機だよ、僕の飛行機」

僕は得意になって、僕が空を飛んでいたことを彼に教えました。すると彼は大声で言いました。

「なんだって!君は空から落ちたんだって!」
「そうなんだ」と僕は控え目に言いました。
「あぁ、それはおもしろいな!」

小さな王子さまはとても楽しそうに大声で笑ったので、僕はとても腹が立ちました。僕は自分の不幸な出来事をもっと真剣に受けとめて欲しかったのです。彼は続けて言いました。

「それじゃあ、君も空からやって来たんだね!君はどこの星から来たの?」

すぐさま僕は、彼の存在の秘密についてのかすかな光をかいま見ました。そして僕はぶっきらぼうに尋ねました。

「君はどこか他の星からやって来たの?」

しかし、彼は答えませんでした。彼は僕の飛行機を見ながら、そっと首を振りました。

「なるほど、すると君はそんなに遠くからやって来たわけじゃないんだね...」

すると彼は空想に耽ってしまい、それは長いあいだ続きました。それから彼はポケットから僕の描いた羊を取り出して、その宝物をじっと見つめました。

「他の星」についての打ち明け話をめぐって、僕がどれほど当惑したか想像できるでしょうか。僕はその話をもう少し詳しく理解しようと努めました。

「ねぇ君、君はどこからやって来たの?君の家はどこなの?僕の描いた羊をどこに連れて行くつもりなの?」

彼は黙って少し考えた後に答えました。

「君が僕にくれた箱の良いところは、夜になれば羊の家として役立つところだよ」
「たしかにね。もし君が行儀よくしていれば、昼のあいだに羊をつないでおくロープも描いてあげるよ。それから杭も」

その申し出は小さな王子さまに不快感を与えたようでした。

「ロープだって?おかしなことを考えるなぁ!」
「でもロープでつないでおかなかったら、羊はどこかへ行って、いなくなってしまうよ」

僕の友だちはふたたび大声で笑いました。

「ところで、羊がどこへ行くと思うんだい?」
「どこでもだよ。羊がまっすぐ歩いて...」

すると小さな王子さまは、まじめに言いました。

「かまわないよ、僕の家はとても小さいんだから!」

それから、おそらく少し憂鬱そうな調子で、彼は続けて言いました。

「羊がまっすぐに歩いたって、そんなに遠くまでは行けやしないよ...」


<第4章>

こうして僕は2番目のとても重要なことを知りました。それは、彼の生まれた星は家よりもほんのわずかばかり大きいだけだということでした!

そのことで僕が驚くことはあまりありませんでした。地球や木星、火星、金星といった名前のついている大きな惑星以外にも、望遠鏡では見つけることのできないほど小さな星々が何百とあることを僕は知っていたからです。天文学者がそれらの星々のひとつを発見したときには、それに番号の名前をつけるのです。例えば《小惑星325》といった具合に。

僕は、小さな王子さまがやって来たのが小惑星B612からだと確信するだけのちゃんとした理由を持っていました。その小惑星は、1909年にトルコの天文学者によって、望遠鏡を用いて1度だけ発見されたのでした。

そして、彼はその発見を国際天文学会で堂々と証明してみせたのでした。ところが、そのときの彼の服装が原因で、誰も彼の発見を信じませんでした。大人なんてそんなものなのです。

小惑星B612の評判にとって幸運だったのは、トルコの独裁者が自国民に対して、ヨーロッパ風の衣服を着ない者は死刑にすると命令したことでした。その天文学者はとても優美な衣服を身にまとって、1920年に再び証明をしました。すると今度は、みんなが彼の意見を受け入れたのでした。

ここで僕が小惑星B612について詳しく話し、その番号を打ち明けたのは、大人たちのためなのです。大人たちは数字が好きなのです。大人たちに対して新しい友だちのことを話すとき、彼らは決して重要なことを聞いてきません。彼らは「その友だちはどんな声をしているの?どんな遊びが好きなの?チョウチョを集めている?」なんて決して言いません。彼らはこう尋ねてくるのです。「お友だちは何歳?兄弟は何人いる?体重はどのくらい?お父さんの収入は?」彼らはそれでようやくその友だちのことを知ったと思い込むのです。だから、もし大人たちに「窓に風露草があって、屋根に鳩がとまっている、バラ色の煉瓦の美しい家を見たよ」と話すと、彼らはその家を想像できないのです。彼らには「10万フランの家を見たよ」と話さなければなりません。すると大人たちは「そりゃすごい!」と叫ぶのです。

だから、もし大人たちに「小さな王子さまが実在したことの証拠は、彼が素敵だったこと、笑ったこと、羊を欲しがったこと、などだよ。羊を欲しがるというのは、その人が存在するということの証拠なんだよ」と話しても、彼らは肩をすくめて、あなたを子供扱いするでしょう!でも、もし大人たちに「彼がやって来たのは小惑星B612からだよ」と話すと、彼らは納得してしまい、あなたを質問攻めにしてうんざりさせてしまうことはなくなるでしょう。大人なんてそんなものなのです。彼らを悪く思うべきではありません。子供は大人たちに対して、特別に寛容でなくてはならないのです。

しかし、もちろん、生きるということを理解している僕たちにとって、番号なんてものは本当にどうでもよいことなのです!僕はこの出来事を妖精の物語のように始めたかったのです。そして、次のように述べたかったのです。

「昔々、ある小さな王子さまが、彼よりもほんの少しだけ大きな、とある惑星に住んでいました。そして、彼は友だちが欲しいと思っていたので...」生きるということを理解している人々にとっては、このほうがより本当のことのように思えるでしょう。

だから、僕はこの本を軽々しく読んで欲しくはないのです。その思い出を語ることに、僕はひどい悲しみを感じるのです。僕の友だちが羊と一緒に去ってからすでに6年が経ちました。僕がここに書き留めておくのは、そのことを忘れないためです。友だちのことを忘れてしまうのは悲しいことです。すべての人が本当の友だちを持っているわけではありません。そのうち僕も数字以外に関心を持たない大人たちのようになるかもしれません。だから、僕はもういちど絵の具箱とエンピツを買ったのです。6歳のときにボアの内側と外側を描いた以外には何も描いたことがない僕にとって、この歳になってもういちど絵を描き始めるのは大変なことです!もちろん僕はできるかぎりそっくりに肖像画を描くつもりです。しかし、それが思うように上手くできるかどうか、僕には自信がありません。あるデッサンは上手く描けても、また別のデッサンはちっとも似ていないものになるのです。彼の身長を描くときに少しだけ間違えてしまいます。ここにある小さな王子さまは大きすぎるし、あそこにあるのは低すぎます。また、僕は彼の服装を色づけするときにも迷ってしまいます。それなので、僕はあれかこれかと試行錯誤を繰り返すのです。それでも僕は、最も大切な部分を間違えてしまうかもしれません。それでもしかし、僕のことを大目に見てもらう必要があります。僕の友だちは決して説明してくれなかったのですから。おそらく彼は、僕のことを自分に似ていると思っていました。しかし残念ながら、僕には箱のなかの羊は見えませんでした。僕は少しだけ大人になっていたのかもしれません。歳のせいでしょうか。


<第5章>

僕は、王子さまの惑星のこと、そこを出発したときのこと、そして旅について、毎日なんらかのことを知りました。いろいろと考えているうちに、それらは徐々に明らかになってきたのでした。そして三日目になって、僕はバオバブの惨劇について知りました。

今度もまた羊のおかげでした。というのは、突然、小さな王子さまがとても不安そうな様子で、僕に尋ねてきたのです。

「羊が小さな木を食べるというのは本当なの?」
「あぁ、それは本当だよ」
「そうか、それなら良かった!」

羊が低い木を食べることを彼がなぜそんなに重要視するのか、僕には分かりませんでした。しかし、小さな王子さまは続けて言いました。

「それなら、羊はバオバブも食べるのかな?」

僕は、バオバブが小さな木ではなく教会のように大きな木であること、そして象の群れを連れてきたとしても、その群れは一本のバオバブすら食べ尽くすことができないということを、小さな王子さまに伝えました。

象の群れという発想で、小さな王子さまは笑いました。

「それなら象を積み重ねる必要があるね」

ところが、彼は思慮深く言いました。

「バオバブだって成長する以前には小さな頃があるんだよ」
「そのとおりさ。でも、君はなぜ小さなバオバブを羊に食べさせたいの?」

「あのねぇ、決まってるでしょ!」

彼は、それがさも分かりきっていることのように僕に答えました。そして、その問題を理解するために、僕はひとりで頭を使って考えなくてはなりませんでした。

なるほど他のすべての惑星と同じように、小さな王子さまの惑星にも良い草と悪い草がありました。だから、良い草の良い種と悪い草の悪い種があったのです。しかし、どちらの種も目には見えません。種のうちのひとつが気まぐれに目を覚ますまで、地中に隠れて眠っているのです。すると種は伸びて、最初は遠慮がちに、弱々しく素敵な小枝を太陽のほうへと向かって伸ばし始めます。これが赤カブや薔薇の小枝であれば、伸びるがままに放っておくことができます。でも、それが悪い植物であれば、見つけるや直ちに引っこ抜かなくてはなりません。そして、小さな王子さまの惑星には恐ろしい種があったのです。それはバオバブの種でした。惑星の土壌にバオバブの種がはびこっていたのです。ところが、バオバブは手遅れにならないうちに対処しなければ、もう決して取り除くことはできなくなってしまいます。惑星全体をふさいでしまい、根という根が惑星に穴を空けてしまうのです。そして、その惑星がとても小さい場合や、バオバブの数があまりにも多い場合には、バオバブが惑星を破裂させてしまうのです。

小さな王子さまは、もっと後になってから僕に言いました。

「それは習慣の問題なんだよ。朝の身支度を済ませたら、惑星のお手入れも念入りにしなくちゃいけない。若葉のうちは薔薇にとてもよく似ているから、区別できるようになったらバオバブだけをきちんと引っこ抜かなくてはならないんだ。それは面倒な作業だけど、とても簡単だよ」

そしてある日、彼は、この惑星の子供たちがちゃんと知ることができるように、きれいな絵を描くことに専念してはどうかと僕に勧めてきました。

「いつか彼らが旅に出ることがあるとしたら、そのときにとても彼らの役に立つと思うよ。ときには仕事を後回しにして延期してもなんの不都合もないときだってあるさ。でも、もしバオバブが成長したら、それはいつだって大変なことになるんだ。ある怠け者が住んでいた惑星を僕は知っているんだ。彼は小さな木が3本生えていたのを放っておいたばかりに...」

そして、小さな王子さまの話したことを基にして、僕はその惑星の絵を描いてみました。僕は説教っぽいことを言うのはあまり好きではありません。しかし、バオバブの危険性はほとんど理解されていませんでしたし、惑星で誰かが道に迷ってしまう可能性だって大いに考えられるので、僕は今回だけは信念を曲げて言います。

「子供たちよ!バオバブに気をつけろ!」

これは、僕自身と同じく危険について長いあいだ知らないままの友人に、その危険性を警告するために頑張って描いた絵です。この教訓にはそこまでするだけの価値があるのです。たぶんあなたは次のように疑問に思うでしょう。

「この本には、バオバブの絵は堂々と描かれているのに、なぜその他の絵はそうではないのだろう?」

答えはとても簡単です。僕はうまく描こうと思ったのですが、できなかったのです。バオバブを描いたときは、はやる気持ちにかり立てられていたのでした。
# by nakabiblio | 2007-06-02 18:35 | サン=テグジュペリ